厚生労働省労働基準局は、本年9月1日、都道府県労働局長宛に、心理的負荷による精神障害の認定基準の変更について通達しました(令和5年9月1日付け基発0901第2号)。2011(平成23)年12月に定められた従来の認定基準(平成23年12月26日付け基発1226第1号)について、業務による心理的負荷評価表(以下「評価表」)も含めて全般的に見直しがされており、今後は、新たな通達の内容に沿って労災認定が行われます。
今回の認定基準の改正は、厚生労働省の依頼により2021(令和3)年12月から本年6月まで計14回にわたり開催された「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」が本年7月に公表した報告書(以下「検討会報告書」)に基づくものです。また、この検討会での検討は、2020(令和2)年度の厚生労働省委託事業「ストレス評価の調査研究」(日本産業精神保健学会が受託)の結果がベースとなっています。
改正のポイントは、評価表の見直し、精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲の見直し、及び、医学意見の収集方法の効率化の3点で、より適切な認定、審査の迅速化、請求の容易化を目指すものです。
評価表の見直しに関しては、検討会報告書は、「一部に類似性の高い項目が重複している、『強』と判断されることがまれな項目が多くあるなど、労災認定の指標としては、詳細であるがゆえの分かりにくさがあったのではないか」との問題意識の下、「できる限り項目ごとの重複を避け、細分化された項目を一定程度統合するとともに必要な項目は追加し、また、各項目において事実を客観的に評価でき、かつその内容が明確化・具体化されるよう検討した」としています。
改正後の評価表では、7つの出来事の類型(①事故や災害の体験、②仕事の失敗、過重な責任の発生等、③仕事の量・質、④役割・地位の変化等、⑤パワーハラスメント、⑥対人関係、⑦セクシュアルハラスメント)は維持したまま、具体的出来事の項目数が、①は2→2、②は12→8、③は5→5、④は9→6、⑤は1→1、⑥は7→6、⑦は1→1となりました(全体で37項目→29項目)。項目数が減っている②では、例えば、「達成困難なノルマが課された」と「ノルマが達成できなかった」が「達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった」に統合されています(負荷強度は中のまま)。また、③は、項目総数に変化はありませんが、「勤務形態に変化があった」と「仕事のペース、活動の変化があった」が「勤務形態、作業速度、作業環境等の変化や不規則な勤務があった」に統合された上で、「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」が追加されています(いずれも負荷強度は中)。このほか、④の中の「雇用形態や国籍、性別等を理由に不利益な処遇等を受けた」との項目(負荷強度は中)では、「性的指向・性自認に関する差別等を含む」ことが明記され、同様に、パワハラや同僚等からのいじめ・嫌がらせ項目にも、性的指向・性自認に関するものを含むことが明記されています。そして、⑥には、いわゆるカスタマーハラスメントとして「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(負荷強度は中)が追加されました。
以上のほか、改正後の評価表では、基本的に全ての項目について、「心理的負荷の総合評価の視点」の記載が詳細なものとなり、「弱」「中」「強」の具体例も全てについて明記されました。なお、従来からある項目について、平均的強度が変更されたものはありません。
精神障害に係る労災請求件数及び支給決定件数は、従来の認定基準が定められた2011(平成23)年から2022(令和4)年までの間、倍増している状況にあります(請求件数:1272件→2683件、支給決定件数:325件→710件)。検討会報告書は、「認定基準の改正により、認定の公正が一層確保されるとともに、どのような場合に労災認定がなされるかが労働者・事業主や行政職員等に分かりやすくなることを通じて、認定に係る判断が迅速かつ円滑に行われるようになることを期待する」としており、評価表の充実ぶりからは、ある程度その期待どおりの結果が見込まれるのではないかと思われるところです。
※厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日 基発0901第2号):こちら
※厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準の改正概要」:こちら
※精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(令和5年7月):こちら
※厚生労働省委託事業「令和2年度 ストレス評価に関する調査研究 報告書」:こちら
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