「LGBT理解増進法の成立と最高裁判決(国・人事院(経産省職員)事件)」

 LGBT理解増進法(正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」)が本年6月16日に成立し、6月23日、公布・施行されました。また、最高裁第三小法廷は、本年7月11日、経済産業省に勤務するトランスジェンダー(MtF)の職員について執務階とその上下階の女性用トイレの使用を認めない運用(以下「本件処遇」といいます。)を約5年にわたり継続したことに関し、それを是認した原審判決(東京高裁令和3(2021)年5月27日判決)を破棄する判断を示しました(国・人事院(経産省職員)事件)。職場におけるLGBTの適切な処遇について重要な方向性を示すものが立て続けに登場しましたので、今回のコラムではこれらを取り上げたいと思います。

 
 まず、LGBT理解増進法は、既に様々に報道されているところですが、人事労務に関係する事業主の義務として盛り込まれている内容は、第6条と第10条第2項です(いずれも努力義務です。)。まず、第6条は、「事業主は、基本理念にのっとり、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関するその雇用する労働者の理解の増進に関し、普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する当該労働者の理解の増進に自ら努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策に協力するよう努めるものとする。」としています。また、第10条第2項は、「事業主は、その雇用する労働者に対し、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解を深めるための情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談体制の整備その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする。」と定めています。具体的に何をすべきかは、今後策定予定の指針に盛り込まれるのではないかと予想されます。

 
 次に、7月11日の最高裁第三小法廷判決は、本件処遇は、第一審原告を含む職員の服務環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとしたものであるとしつつ、その後、女性用トイレの使用によるトラブルが生じていないことや、執務階の使用についても明確に異を唱える職員がいたとは認められないことなどを踏まえると、執務階も含め女性用トイレを自由に使用することについてトラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されていなかった中では、本件処遇による不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらないとしました。この判決の最大の特徴は、5人の裁判官全員が補足意見を示している点です。補足意見が法廷意見の解説のようになっており、両者を併せて読むことによって、法廷意見の理解を深めることができます。例えば、今崎幸彦裁判長の補足意見では、(本件から)「得るべき教訓を挙げるとすれば、この種の問題に直面することとなった職場における施設の管理者、人事担当者等の採るべき姿勢であり、トランスジェンダーの人々の置かれた立場に十分に配慮し、真摯に調整を尽くすべき責務があることが浮き彫りになった」としつつ、その調整は必ずしも容易ではないため、よるべき指針や基準が将来的には求められるものの、「現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくという以外にない」としています。ただ、この調整に当たって、渡邉惠理子裁判官の補足意見(林道晴裁判官同調)では、「両者間の利益衡量・利害調整を、感覚的・抽象的に行うことが許されるべきではなく、客観的かつ具体的な利益較量・利害調整が必要である」ことが強調されている点に留意が必要です。(その他の補足意見にもぜひ目を通すことをお薦めいたします。)

 
 本件処遇決定時(2010年7月)から本判決に至るまでの間に、LGBTをめぐる社会情勢には大きな変化があり、控訴審判決は、判決時点ではなく経産省の判断時点をベースとして対応是非を検討したように思われます。これに対し最高裁は、明確に触れてはいないものの、LGBT理解増進法の成立なども踏まえ、補足意見も含めて今の時代に最高裁として発信すべきメッセージは何かを強く意識したようであり、今後の人事労務においては、そのメッセージを十分踏まえつつ取り組んでいくことが求められるでしょう。

 

五三・町田法律事務所 弁護士 町田悠生子

 
 

※LGBT理解増進法(全文):こちら

 
※LGBT理解増進法(概要):こちら

 
※令和5年7月11日最高裁第三小法廷判決:こちら

 

(2023年7月25日)

 

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