「仕事と育児・介護の両立支援とアメックス事件控訴審判決」

 厚生労働省が本年1月に設置した「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」の報告書が6月19日に公表されました。この報告書は、「Ⅰ 現状の課題と基本的な考え方」と「Ⅱ 具体的な対応方針」を大きな骨組みとし、「Ⅱ」では、①子の年齢に応じた両立支援に対するニーズへの対応、②仕事と育児の両立支援制度の活用促進、③次世代育成支援に向けた職場環境の整備、④介護離職を防止するための仕事と介護の両立支援制度の周知の強化等、⑤障害児等を育てる親等、個別のニーズに配慮した両立支援について、⑥仕事と育児・介護との両立支援に当たって必要な環境整備、が盛り込まれています。この報告書案が公表された際の報道では、①の中の、子が3歳になるまでテレワークを実施できるよう事業主の努力義務とすると部分がクローズアップされているようでしたが、それはこの報告書のごく一部であり、「木を見て森を見ず」にならぬよう、この報告書の背景にある考え方を理解することが重要です。

 
 この報告書の基本的な考え方は、「ライフステージにかかわらず全ての労働者が『残業のない働き方』となっていることをあるべき方向性」とし、それについて「男女が共に望むキャリアの実現」と「働き方改革の推進」、「育児期・介護期の支援」の3点を基本とする継続的な取組みを目指すことにあります。特に、報告書冒頭の「はじめに」では、「男女ともに、育児とキャリア形成への希望がかなうように働き方を見直していく」、「労働者が育児期にも活躍することでスキルの向上・キャリア形成が見込まれる」といった記述があり、このほか、報告書全体を通読すると、単なる仕事と育児・介護の両立、すなわち、育児や介護を理由とする離職の防止だけでなく、離職しないことは当然の前提として、育児・介護もキャリア形成も実現できるような就業環境を整えること、さらに、将来的には、両立支援制度を利用せずとも、育児・介護とキャリア形成を両立できるようにすることを目指すものであることが読み取れます。それを実現するための一手段がテレワークの活用であり、また、これらの実現の阻害要因が「残業」であると、この報告書は捉えています。

 
 単なる離職防止から、キャリア形成への配慮という視野の広がりは、女性活躍推進の観点からも望ましいものといえますが、これに関連して、本年4月27日のアメックス事件控訴審判決(労働開発研究会刊行「労働判例ジャーナル136号(2023年・7月)に掲載、原審は東京地裁令和元年11月13日判決)が示した判断が注目されるところです。この判決は、女性管理職が育休からの復帰後、部下を付けられず、電話営業等に従事させられたこと等について、「基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては、労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」とし、職務等級の低下を伴わず、また、他に部下のいない管理職が社内にいるような状況であっても、法が禁じる不利益取扱いであり違法だとして、原審の結論を変更しました。控訴審判決が、控訴人(原審原告)が育休取得前に「既に平均して6人の部下を持ち、その実績を評価され、当時の副社長からは女性管理職のロールモデルと言われて、チームリーダーまで昇進したものであり、これからの自らのキャリア形成に対する期待を抱いていた。」ことや、上司が「チームリーダーは乳児を抱えて定時で帰宅することができる職務ではない」と述べたことなどを認定事実に追加していることも興味深い点です。

 
 キャリア形成に対する思いや、育児・介護とキャリア形成とのバランスの取り方は、人によって、また、同じ人であっても、育児・介護の段階によって異なります。会社としては、一方的な思いやり(思い込み)によって対応するのではなく、十分に労使が対話して柔軟に対応していくことが今後一層求められていくものと思われ、長時間労働が蔓延し、常に業務が逼迫して心身に余裕がない状態では、そのような柔軟な対応は困難で、かえって職場にハレーションを生みかねないことは容易に想像できるところです。

 

五三・町田法律事務所 弁護士 町田悠生子

 
 

※今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書(概要):こちら

 
※今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書(本文):こちら

 
※今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書(参考資料集):こちら

 

(2023年6月29日)

 

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