「トランスジェンダーのトイレ利用に関する判決(経済産業省)の紹介」

 トランスジェンダー(Male to Female)である国家公務員(以下「原告」)が、平成7年4月1日に通商産業省(当時)に男性として採用され、その後、中央省庁の再編により経済産業省(以下「経産省」)において勤務する中で、カミングアウトから数年経過後も女性用トイレの使用に制限を受け続けていることを不服として、国家賠償法に基づく損害賠償等を請求した事件の控訴審判決が東京高等裁判所において本年5月27日に言い渡されました。

 

 原告は、平成11年頃には性同一性障害との診断を受け、平成20年頃からは、私的な時間の全てを女性として過ごすようになりましたが、性別適合手術や家庭裁判所における性別の取扱いの変更の審判を受けておらず、戸籍上は男性となっています(ただし、名前については家庭裁判所の許可を得て変更しています。)。原告は、平成21年7月、所属部署の室長に自らが性同一性障害であることを伝え、平成22年7月、同じ部署に所属する職員に対して、原告も一部出席した上で原告の性同一性障害に関する説明会が行われた後は、女性の身なりで勤務し、女性トイレを使用する場合は、経産省からの指示どおり、原告の執務場所がある階から上下2階以上離れた場所にあるトイレ(別館8階から10階までを除くトイレ)を使用するようになりました。経産省が女性トイレに関してこのような使用制限を設けたのは、当該説明会に参加した女性職員が原告による女性用トイレの使用に違和感を抱いている様子が見受けられたことに配慮したものでした。

 

 第一審判決(東京地裁令和元年12月12日判決)は、経産省が、女性トイレの使用制限を継続したことに関し、「個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護されるものというべき」とした上で、遅くとも、原告が抑うつ状態による1年弱の病気休職から復職した平成26年4月7日の時点では、原告に制限なく女性トイレの使用を認めた場合に女性職員との間でトラブルが生ずる可能性は抽象的であったこと、原告が女性ホルモンの継続的投与により平成22年3月頃までには女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的にも低い状態に至っていたことを経産省も認識していたこと等から、同日以降の女性トイレの使用制限の継続は、庁舎管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして国家賠償法上違法と判断していました。

 

 これに対し、控訴審判決は、第一審判決と同様、「原告が主張の基礎とする自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益である」と明確に述べつつも、「経産省としては、他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益も併せて考慮し、一審原告を含む全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っていることも否定し難いのであり、上記認定の事実によれば、経産省において本件トイレに係る処遇を実施し、平成26年4月7日の時点においても維持していたことは、上記の責任を果たすための対応であったというべき」であるとし、また、「①一審原告は諸事情から性別適合手術を受けておらず、②これまで(中略)性別の取扱いの変更の審判を受けていないトランスジェンダーによる性自認への対応について、積極的差別是正措置のための新たな規範や取組指針(ポジティブアクション)が定められたり、一審被告の他の行政機関等での実例が報告されたり、これに関する裁判例が公表されたという事実はなく、③一審原告が復職した平成26年4月7日以降、経産省内における一審原告の労働環境が特段変化した事実は認められない」として違法性を否定しました。

 

 控訴審判決が示した、原告と他の職員との利益衡量の視点は、民間企業においても大いに参考となるとともに非常に難しい問題であると思います。本件は、国家賠償法上の違法性が問われた事案であること、また、「事業主の判断で先進的な取組がしやすい民間企業とは事情が異なる経産省」での事案であること、さらに、平成26年頃の事案であり、その後トランスジェンダーの保護等を巡る社会情勢は大きく変化していることを踏まえると、第一審判決と控訴審判決がともに「自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ること」は法的に保護されるべき利益であるとしたことの重みは増しているというべきであり、それをしっかりと受け止めつつ対応を真摯に検討していくことが重要と感じます。

 

五三・町田法律事務所 弁護士 町田悠生子

 

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